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Kanako Koyama web

逃げ恥がこういう内容だったら良かったと思うわ。笑

Kanaだよ★

 

最近、東京を出て箱根の山に住み始めて、身も心も楽になった。

 

ヘルニアやっちゃって毎日身体が痛くて心も沈んでたのが、一気に晴れたよ。

 

朝は鳥のさえずりで起きて、ベランダから山と海が見えて、毎日美味しい空気で深呼吸して、ヨガして瞑想。

 

胸がさーっと開けて、エネルギーに満ちて、星空を見てると涙が出ちゃうような生活。

 

自分はやっぱり自然の中に在ることが自然なんだと再確認。

 

毎日何気ないことで幸せを感じる。

 

結局私って、好きなことだけして自由気ままに楽しく自然の中で暮らせたらそれでHappyなんだよね。

 

今の自分が好きだし、ストレスゼロ、生きるのが楽。

 

誰にも迷惑かけてないし好きな仕事して遊んで生きてる。

 

必要なものは全てあって、楽しくラクして暮らす。

 

これに対して頑張ってても報われない人で良く思わない人がいる。

 

でも、今の時代ってもう、頑張る頑張るの根性論で生きていくのが厳しい世界なんじゃないかと思う。

 

 

幸せにならなきゃ、夢を叶えなきゃ、やりたいことを見つけなきゃ、素敵な人生を送らなきゃ。

 

ダメな自分を否定して逃げる自分をますます追い込んで表面だけ取り繕って。

 

そんなに頑張って追い詰めて何を求めてるの?

 

もちろん頑張らなきゃいけない時はある。

 

やりたいことがあるならやればいい。

 

私もそうして夢を叶えてきた。

 

でも頑張るがエライ、苦労は辛いっていうのは、もう古いんじゃないかな。

 

自分のためにやってることなら、その苦労もプレッシャーも楽しめるはずだよ。

 

そりゃ辛いは辛いけど、諦めたりやめたくはないでしょ?

 

自分を好きになるためにやってることなら、夢に向かってる過程も幸せなはずだよ。

 

エライねって言われなくても、自分で褒めてあげられればそれで十分なはずだよ。

 

でも、自分のためじゃなく、誰かに認めてもらうために耐えてるんだとしたら、それってそんなに重要なことなのかな?

 

何かになろうと頑張ってそれになれたとして、それで誰を喜ばせたいのかな?

 

そのトロフィーは、自分以外の誰に見せてどう思われたら満足なのかな?

 

ランク付けには終わりがなくて、フォロワーの数にもイイねの数にも上限がないよ。

 

じゃあどこまでいったら自分は幸せだって言えるの?

 

私は東京で認めてもらえなくて悔しくて、それで世界に出た。

 

でも、本当に必要だったのは、そのままの自分を認めてあげることだった。

 

何もしなくても、ダメな自分も、自分で自分を受け入れること。

 

カナダに渡ってそれが出来たことが、私の1番の収穫で人生の軸。

 

ドバイで認めてもらえなくて悔しくて豪華客船ダンサーになろうとしてたときも、周りを見返したかったから。

 

でもいつもハッとして軸に戻る。

 

結局は自分で自分を認めてあげること、それが全て。

 

きっかけは他人でも、最後は自分。

 

ゴールを他人に委ねたら、いつまでたってもそのゴールには終わりがない。

 

そこで戦い続ける前に、戦う本当の意味を自分が知ってなくちゃ。

 

諦めるということじゃなく、冷静になって、なんのための誰のための人生なのか、よく考えること。

 

私は、豪華客船ダンサーになれて最後はソロをもらえて、自分が出来ると信じた目標は達成出来たから、満足した。

 

世界に通用するダンサーだと自分で自分に証明出来たから、やり切れた。未練も何もない。

 

そりゃもっと上に行けたかもしれないし、世界に通用するダンサーの定義は人それぞれ。

 

でも、私はある枠の中でいけるところまでいけたと思う。

 

その枠を利用して自分を高めることで、自分をもっと好きになることに成功したなって。

 

表面上の目標は職業に就くというものだったけど、単に自分がどこまで出来るか挑戦することで、自分を好きになりたかったんだよね。

 

コンプレックスだらけで弱虫な自分を変えて、もっと自信を持ちたかった。

 

本当の目標はそれだった。いつだって。

 

自信を持つための方法は、豪華客船ダンサーじゃなくても、例えば”毎朝この時間に起きる”なんて簡単なことでもよかったんだ。

 

挑戦してきた分夢が大きくなっていっただけで、最初は小さいことから始めたよ。

 

その過程で、何もない自分も昔に受け入れてたから、今では自分が豪華客船ダンサーじゃなくなっても、旅が出来なくなっても、頑張れなくても、自分が好きだし、何も変わらない。

 

そりゃ他人に認められたい欲があって頑張れることもあるし、それがゼロになることはないのかもしれないけど、そこが軸になることは絶対ない。

 

自分に期待してプレッシャーはかけつつ、なんもなくてもそのままの自分を受け入れて笑ってられる。

 

これからだってなんでも出来ると信じてるし、言葉にできるかっこいい夢や目標はないけど、希望に満ち溢れてる。笑

 

それは誰かに認めてもらうためじゃなくて、自分の幸せのために生きてるから。

 

幸せになる方法も知ってるし、他人に好かれるためじゃなく、自分を好きになるために頑張ってきた経験から自信があるから。

 

 

今もし苦しんでる人がいたら、何が自分を苦しめているのか、よく整理してみて。

 

何と比べて自分をダメとしてるのか、どこがゴールでそこで本当に得たいものはなんなのか。

 

 

今はきっと、頑張る頑張るの時代じゃなくて、いかにうまくサバイブして、このヤバイ世界で逃げて生き残れるか。

 

自分で自分の価値を認めて楽しく生きる方法を見つけて自分のために生きれるか。

 

死ぬくらいなら自分のためだけに楽しく生きようよ。

 

他人や世界はきっとその先に開けるもの。

 

今はそんな時代じゃないかな。

 

 

 

Love,

 

Kana

 

 

☆アート思考レッスン☆