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Kanako Koyama web

自分軸

アーティスト/セラピストKanaです✨

 

最近自分軸についての話することが多いなぁと思って書いてみる。

 

軸がある人って色々だと思うんだけど、私にとっては、”世界がどうあっても変わらない自分を持ってる=自分とガチで向き合ってる人”かなー。

 

変わらない、はもちろん表面的なことじゃない。私自身はジプシーみたいな生き方だから、仕事場なんていくらでも変われば、好きなことや居場所や関わる人もどんどん変化していく。

 

コロナ前はダンスと世界旅と英語が中心だったけど、今はマッサージと自然と癒しが中心、日本の山で隠居生活。

 

やってることも住むところも全く変わってるけど、環境が変化しただけで自分自身は全く変わらないんだよね。

 

元々舞台も好きだけどマッサージとかを通して人と1対1で関わることが好きだし、やりたいことリストの夢の1つが自然の中で静かに暮らす、だったからこのタイミングで夢が叶った。ダンサーじゃなくなったから自分じゃなくなったとかは全くない。

 

他人目線で分かりやすいように職業札をぶら下げてるだけで、職業はその人自身ではない。じゃぁ何がその人自身の札になるのかって、札がなくても、存在自体が確固たる自分の札だと自分で確信してる人。自分と向き合って、自分が好きだと思うことの本質を掘り下げた人は強いのかなって思う。

 

例えばダンスが好きでそれが職業だった私は、ダンスが好き、をめちゃくちゃ掘り下げたんだよね。自分から創り出されるこの振付はどこから来るんだろう?踊るって私にとって何?踊ることは生きること。じゃぁ生きるって何?ダンサーってなんのためにいるの?私ってなんだ?って。

これ20歳で創った振付作品のテーマ。懐かしいの残ってたw

 

もうメッッチャ掘り下げたんよねw これが何になるかって、深く自問すればするほど、好きの本質が見えてくる。ダンスが好きで踊るっていうのは、単純に振付に沿って身体を動かすことが好きなんじゃなくて、自分の哲学を外に出す手段なんだって。この作品なんてまさに、好きっていう次元さえ超えて、テーマそのまま自分と向き合った。

 

普段は言えない正直な思いや考えや、子供の頃からの悲しみ、怒りをも表現する手段がダンスだったんだって。

 

そう気付くには、とにかく好きなことをとことん追求する。好きって内面から湧き出るものだから、結局は自分ととことん向き合うことになる。自分に問い続ける。

 

自分の過去を振り返って、考察して、自分の正直な気持ちをそのまま受け入れて、分析する。まぁ果てしない労力がいるのだけど。

 

それをしてくと、ある程度自分がこういう人間かもなってのが見えてくる。そこに職業とかモノや他人が入る隙間はなくて、こういうことが好きでこれをしてると幸せを感じる人間、みたいなこと。すごく抽象的なんだけど、本質的な部分。

 

私だったら、”いつも自分の心に従う、縛られない、自由、自然で在る、吐き出す、変化し続ける、冒険、笑顔”とか。自分がなんか好きだなぁとかこれがしたい、とか思うことの中には、こういった抽象的な欲求が隠れてるから。そこの本質を見抜くために、自分の本当の気持ち、思考のくせ、過去と、とことん向き合う。

 

例えばそれがダンスじゃなくても、”なんとなく好きな自然”でもいい。深堀りすると、私無理せず周りに合わせずいつも自然でいたいんだなって気付く。

 

その本質に沿って生きることが、自分の存在の1番の軸になる。軸を持つのに、わざわざわかりやすい職業や血液型なんかの札を他人のために下げる必要はなくなる。もちろん職業や物や人と自身が密接な人もいると思うけど、その先には確かに”安心感”とか”静かな時間”とか”自分を素敵と思う方法””必要とされてる実感”とか、好きの理由、それをしてると自分が幸せな理由ってあると思うなぁ。

 

そこにその人の人生観が詰まってるってことだから、過去も全て含めて、唯一無二の自分を確信できる。なにも知らない他人から見ると分かりにくいけど、自分自身で知ってるか知ってないかは大きい。そこから、じゃぁなにをしてどう生きるか、になるわけだから。

 

好きなことがない場合は、嫌い、にもそんな欲求があるから、なんで嫌いなんだろうって向き合ってみる。きっと過去に縛られていたり、思い込みが見つかるから。まずはそこに気付く。

 

そこをクリアしたらきっと、そういえば昔はこれがしたかったんだよなぁとか、嫌いの裏に隠れてた執着の原因やほんとの欲求が見えて、本来の子供らしい自分が出てくる。その好きを見逃さず、すくって、ジャッジせず観察して、行動する。

 

その欲求を叶えてあげてった延長線上に軸っつーもんが出来ていく。あると思います。

 

逆に自分がわかっていない、向き合えていないけど言葉だけ職業だけ上手くやってる人はいくらでもいるよね。その人がどうとかはないけど、そういう人に振り回されないようにしなきゃだね。

 

宗教とか集団とか運とか使命とかスピリチュアルとか、軸があってこそ。上手く使わないと、軸がない者同士、自分自身と向き合わなくて済むよう逃げに使ってたとしたら、全体が弱くなるだけ。

上手くいく時は引き寄せで、悪い時は運のせいって、おかしいもんね。w 

 

そこに頼らなくても、自分に深く問いかけてみたら、答えって、出てくるよ。

 

世界がどう転んでも、変わらない自分で居続けること。私もまだまだまだまだ修行中〜。

 

 

Love,

 

 

Kana